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2017年6月 8日 (木)

神の慮り

ニューヨークの病院に書かれた、患者さんの詩 とのこと。
意訳  神渡良平

大きなことを成し遂げるために 力を与えてほしいと 神に求めたのに
謙虚さを学ぶようにと 弱さを授かった

より偉大なことができるようにと 健康を求めたのに
より良きことができるようにと 病弱な体を与えられた

幸せになろうとして 富を求めたのに
賢明であるようにと 貧困を授かった

世の人々の称賛を得ようとして 権力を求めたのに
得意にならないようにと 失敗を授かった

求めたものは一つとして与えられなかったが 願いはすべて聞き届けられていた
言葉に表されていない祈りが叶えられていたのだ

ああ、私はあらゆる人の中で
もっとも豊かで祝福されていたのだ


A Creed For Those Who Have Suffered

I asked God for strength, that I might achieve
I was made weak, that I might learn humbly to obey...

I asked for health, that I might do greater things
I was given infirmity, that I might do better things...

I asked for riches, that I might be happy
I was given poverty, that I might be wise...

I asked for power, that I might have the praise of men
I was given weakness, that I might feel the need of God...

I asked for all things, that I might enjoy life
I was given life, that I might enjoy all things...

I got nothing that I asked for-but everything I had hoped for
Almost despite myself, my unspoken prayers were answered.
I am among all men, most richly blessed!


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コメント

すごく共感できて、とても納得行きます。
私も病さんに出会わなかったら、きっと自分の事を考えたり想ったり、「自分を愛そう」だとか「自分は愛しい存在なのかな」と病気に出会う前まで全然そう想わなかったです。
確かに闘病生活はとても辛いです。
自分のやりたい事も出来ず、周りはどんどん前の道を歩いていくのに自分は歩く事も出来ず苦しいです。
けれど…、これだけの長い「時」が無かったら、果たして自分の事を考えたりするのは出来たでしょうか。
病気をして「自分」を知り、病気をして「自分を好きになりたい」と想う様になった。
確かに、皆と青春したかったです。
恋もして、自分の夢に向かって真っ直ぐに歩みたかったです。
でも、病気をしたからこそ私が私である為に、なれる様に「時」が与えられたのだと思います。
今の私にとって、とっても大事な詩だなぁ…と想いました!
mikatyさんブログに載せてくれて有り難うございます♪

こころあゆむちゃん

この詩を、読んでくれてありがとう
抜けられないほどの困難にもがくなかで、
見えない真実に気づいた人の言葉だなと思いました。

人生は一直線に行かない。
でも本当は、その辛いばかりの事柄ですら、贈り物なんだって。
贈り物を受け取ることができた喜びに、
私の心も反応しました。

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